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2009年12月 アーカイブ

2009年12月01日

避妊去勢手術に伴う捕獲

野良猫の異常繁殖や、野良猫により発生する様々な問題において、より積極的とされる方策には、避妊去勢手術の実施がある。餌を与える行為を通じてネコを慣らしていって、ケージや洗濯ネットに収容し、動物病院に持ち込み、手術を依頼する。このような野良猫の避妊去勢手術の趣旨を理解し、低料金で応じてくれる動物病院も存在する。場合によっては捕獲のための鉄製のケージを設置するケースもある。

なおこの方法は避妊去勢のための趣旨が周囲に理解されない場合、避妊去勢のためではなく、三味線業者の毛皮取りと混同され、誤解した近隣住民等が、せっかく捕獲したネコを逃がしてしまうケースがある。また捕獲された猫を、長時間に渡って風雨や寒暑にさらすのは、動物愛護(保護と管理)という観点から見て望ましくないため、定期的な捕獲装置の監視が必要である。これらには生き物を扱っているという責任感と、ネコの習性への理解が欠かせない。
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ちなみに、三味線製造業者が野良猫の捕獲を行うことは現在はほとんどありえず、イメージは都市伝説の域を出ていない。俗に「猫取り」と呼ばれる猫捕獲専門業者の存在が噂されるなど三味線製造業者に対する偏見も加わっている。そもそも三味線の素材は交尾していない雌猫が最上級の素材ではあり、野良猫は交尾や喧嘩による損傷もあるため毛皮の質が悪く、最近ではペットショップからの売れ残り供給[要出典]のほか、別素材も使われつつある。

野良猫を保護して、各種予防注射やノミなど外部・内部寄生虫の駆除を行う等の健康管理を行った上で、責任をもって飼育できる人を募集してネコを引き渡し、室内で飼うようにしてもらい、「家を持たないネコ」から「家の中に住むネコ」にしていこうという里親運動を進めている動物愛護団体も多い。このような団体では、多くの場合、ネコに一通りのしつけを行い、団体によってはワクチン・避妊去勢手術を施してから引き渡すので、里親側にも好評であるという。

2009年12月17日

拷問と処刑

薩摩藩では「石抱き」という拷問が行われた。三角の割木を並べた上に容疑者を正座させ、幅30cm、長さ1m、厚さ10cm余、重さにして30kgの平たい石をひざの上に一枚ずつ重ね、体を前後に揺さぶる。石が5枚ぐらいになると足の骨は砕け絶命することもあったという。この拷問は一向宗信徒のほかにはキリシタンと主殺しのみに適用されたものである。
また滝壷に信者を投げ込み、浮き上がってくると竹竿でつついて沈め最後には溺死させるような刑罰も行われた。

熊本県人吉市瓦屋町には「与内山の首塚」が残っている。浄土真宗の講のオルガナイザーだった伝助という人物の首塚と伝えられる。伝助は地元から京都の本願寺に志納金を納めに行く途中裏切りに会い捕らえられ、打ち首獄門に処せられた。伝助の愛弟子であった秋山和七郎がその首を盗み出し、自分の地所に埋葬したのがこの首塚であると伝えられる。

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薩摩では明治元年(1868年)、廃仏毀釈が行われる。それは徹底的なもので寺という寺が破壊され、神社に変えられた。その結果、真宗以外の仏教各派も著しく勢力を後退させた。明治9年(1876年)には真宗禁制がとかれるが、西南戦争が始まったため事実上の解禁はその後になった。旧人吉藩の実情も同様であった。

実質的な真宗解禁後、仏教空白地域とでも言うべき状態となった旧薩摩藩地域において、浄土真宗本願寺派は猛烈な布教を行い、結果、鹿児島県は維新前とは一変し、かえって浄土真宗一色になった。しかし、解禁後も新しく出来た本山主導の寺と隠れ念仏のネットワークの間にはさまざまな軋轢があったという。

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